霧の立ちこめる沼のほとりに佇むふたつの影がある

ひとつは疲れた男
ひとつは焼け焦げた骸骨

風景に色は無い。
枝のみの木々が、重たげな氷柱にその形をいびつにしながら、
黒く滲んだひび割れとなっている。

静寂。

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「ねえ、あなた…糸車が回る音がするわ」


「……風の音だ」


「そうかしら」


「そうだ」




「ここは、とても寒い」

「そう?」

「ほら、氷柱だ」

「氷柱? ナイフよ」

「そうか。」

「血が滴っている。とても温かだった」

「そうだな。かつては、とても温かだった」

「そうね。かつては。」

「……とても寒い」

「近くにいってもいい?」

「ああ。」



「髭を生やしたのね」

「おかしいか?」

「似合わないわ」

「そう言うと思った」

「もっとちゃんと笑いなさい。私を見て」

「――ん。」

「あなた、かわったわね」

「もう、5年も経つ」

「私とあの子が死んでから」

「そう、君とあの子が死んでから」

「もう炎は消えたわ。灰が降り積もっている」

「雪…… そうか、これは灰か」

「刃。血。炎。灰。そして静寂。
 もう何も起きないわ。怖いことは終わったの。」


「……」

「とても静かな場所。糸車が回っている」

「風の音ではなく?」

「糸車よ。」

「そうか。」




「ねえ、覚えている? 
 貴方、よく、お菓子や花を買ってきてくれた。
 なのに、照れて直接渡してくれないの。
 はじめは冷酷な男だと思っていたのに。」


「俺だって生意気な女だと思っていたさ」

「お互い様ね」

「ああ、お互い様だ」




「ねえ、覚えてる?
 3人で海に行ったわ。
 とても良く晴れた日だった。
 あれは秋の終わりの頃だったかしら」


「君と喧嘩になった。何故だったかな」

「あの子のどんぐりで仲直りしたじゃない。
 …よく喧嘩をしたわね。貴方が傲慢だからよ」


「君が我が儘だからだ」

「やっと笑った」

「ん。」




「ねえ、覚えている?
 ああ…  ……遠くで鳥が鳴いたわ…。
 もういかないと」


「…もっと話したいことがあったんだが…」

「今は駄目。もう夜があけるもの」

「そうか」

「あなたは、また帰ってくるでしょう? 
 すぐに会えるわ」


「ああ。眠る度に、ここに帰ってくる。」

「でも、炎の中はやめた方が良いわね。
 寒くても、こちらにしなさい。」


「そう願いたい。」

「ほら、起きる時間よ。目を開けて。」


「うん。起きる時間だ――」